バリアフリー?

いきなりですが高齢化の定義って知ってますか? 高齢化といっても微妙に分類分けがされているのです(1956年に国連でそのように定義されたようです。)
65歳以上の人口の割合が
7〜14%     高齢化社会
14〜21%      高齢社会
21%〜   超高齢社会
と一般的には分類されています。

しかも2020年には日本の女性の50%が50歳以上になるといわれています。

でも、あくまでも数字上の事実なだけでありそれが必ずしも非生産者であるということには繋がらないです。実際元気な人多いですもんね!

しかし普段の自分の日常生活では感じる事が少ないかもしれないですが実は日本社会は10年前と比べてもかなり大きな変化をしているのです。当たり前のように成り立っている社会を維持していた労働力が相対的に減少していることも要因となり人が集中する所では分かりにくいが分散している地域では間違いなく現状を維持する事がすでに困難になり始めています。

その辺の話はまた書くとして今日書きたいのは、支援や介護を要する方々が増え続けていく社会でどうすれば良以下という問題についてあくまで僕自身の経験と情報の中での考えを書きたいと思います。

まず、国の方針としても在宅支援の方向を明示していることから、今後在宅でのケアにシフトしていく事が明らかですね。その為には地域包括支援センターなどのシムテムがもっと最適化され機能していく必要がありますね。  それ以前に今の現役世代は自力で元気でいる為の工夫を始める必要があると考えます。

『弱ったら施設に入って暮らすわ』 などといった漠然とした感覚でどうにかなる現状でないことをあまり皆さんご存知でないようにも思います。自分の身は自分で責任持って持続可能な範囲でケアする時代になっていますね(この辺りは国の社会保障の財源であったり地方行政の政策にも多々問題がある)

そんな中で僕個人が強く違和感を抱くのがまず『バリアフリー』という言葉なのです。一見すごく耳障りがよく素敵な響きなのですが場合によってはその『バリアフリー』が人の意欲を削ぎ生への執着を無くさせているという面もあるという事実もあるという事を知ってほしいのです。  『バリアフリー』を謳っているのは本人のためという意味合いより周りの人の自己満足であったりするような気がして、必ずしも利用者本意でないように思います。  もちろん全ての人に当てはまる分けでなく本当の意味での『バリアフリー化』が必要な方もいらっしゃいますがそうでない方の場合は、少しのバリアがあった方が良いのでは?と思うのです。 そのバリアを工夫して乗り越えていく知恵が生きていく為に必要なものだと思うからです。 現に社会で生活している間は全てがそうゆう困難に対し選択し乗り越えていくものだし、歳をとった途端に『今日から困難は排除します』ではおかしくなりますよね?

生きるということは大小の困難をベースとして成り立っていると思うのでその困難を取り除く事がサービスであるとか介護であるとかいうのは少し違うのかなと感じます。仮に今まではそれで良かったとしてもこれからは間違いなくその考え方では対応しきれないし、ますます人の尊厳が度外視された提供する側本意のビジネスの現場にしかならないのでは?

必要な困難と苦痛は無くしてはいけないと思うのです。本当に必要な事をすべき!まだまだ日本の高齢化問題は課題がたくさんあります。 皆さんも人ごとではないのでほんの少しでも身の回りに目を向けてみませんか?