広いなぁ!でも狭い。

世界には75億人ほど人が住んでいるわけです。 当然と言えば当然ですが皆それぞれ個人なのですね。なので極端な話一つの課題に対し75億の見解があるという事ですよね。  

前フリは置いといて本題ですが実体験としてよく思うのは「この問題どう思う?」というといに関してはトーンが下がる事が多いのに対し「AとBどちらがいい?」と問うと比較的レスポンスよく答えが返ってくる事が多いですね。しかもどちらかに優位な条件を付加していけばいくほど答えは明確になっていく事が多いです。 でもそれは本意ではないのでは?流されているのでは?と思うわけです。逆にいうと出題側がいくらでも優位に答えさせたい方へ導く事ができるということに繋がるので考え方によっては怖いことですし、実際歴史を通して見ても民意をコントロールする手段としてメディアなどを通じ誘導されて仕掛けた側の思惑通りのシナリオに事が運んでいる事が多々ありますよね。今も正しい情報ではなくて導きたい方向に優位になるような情報をメディアは流し続けているので近年特にテレビは見なくなりましたね。仮にSNSを含む様々なメディアから情報を得たとしても基本いくつか参照にし擦り合わせて一つの仮情報として捉えるようにしています。

そもそも人は違って当たり前!という基本的な考えが薄れてしまうと、情で判断するようになると本質が見えなくなる事が多くなります。
人間というカテゴリーでは繋がりを持って生きる事が大切なのだと思うのだけど、やはり個人の人生のハンドルは自分で状況判断をして的確に切っていかないといけないですよね。適当に前の車に付いて行ってしまうような生き方だといざという時の危険回避に対応出来ず大事故になりますね。

広い世界で生きているのに、なぜか渋滞の中を窮屈にトロトロとイライラしながら巻き込まれていて自分ではどうすることもできない状況に似ている生き方をしているような気がします。

のんびり田舎道を自分のペースで曲がりたい方向に曲がり止まりたい時に止まり、ってな生き方が良さげですね。