岡本太郎

岡本太郎にすごく惹かれるのです。彼が残したアート作品も好きなのですがなんといっても岡本太郎自身の存在が芸術の塊のようであると思います。彼の発言には共感する部分がとても多い所があって大好きなのだと思います。

大阪万博の際に太陽の塔を作る経緯で最初に”進歩と調和”を謳う万博のテーマを真っ向から否定して何度も断っていたそうですね。調和なんてものはお互いが我慢しあって成り立つものであるのでそこに何の本質もなく、むしろぶつかり合ってその果てに弾けてこそ初めて芽生えてくるものだ!ぶつかり合う事が調和!と言っていた。進歩に関しても人間というもの自体は進歩していないという考えですね。むしろ退化していると言っていました。機械化が進んでいき急速な成長を遂げている最中であっても岡本太郎は人間の本質を分かっていた人なのだと思う。 太陽の塔自体がそんな時代背景に対してのアンチテーゼそのものですよね。その後万博が終わり存続されることになった太陽の塔に向かって”ここにずっと立って戦い続けるんだな”と言っていたのが彼自身の姿とリンクしているかのように思え感慨深く個人的に太陽の塔を見る度に調和にまみれた自分を情けなく思い気合を入れ直しております。

個人的に「太陽の塔」と、墓標にも使われている「午後の日」がすごく好きなわけでして特に太陽の塔の裏の顔(黒い顔)越しに見るのがたまらんのです。

彼の言葉で好きな一つに、芸術は「うまくあってはならない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない。」というのがあるのですが、圧倒的芸術の前では小手先の美は何の説得力も持たないという風に僕は解釈していて僕自身もそのように強く考えるのです。  現代のクリエイティブな仕事の意味があまりにもビジネスライクであったり、心地よさを追求していたりしているように感じてならないのです。人の気を惹くためにいつしか媚びた物作りが常套化されかつシステマチックなものとなってしまっているので魂を揺さぶられるようなモノと出会う機会は過去のものの中に多く近年は少ないように感じます。 

妥協なく、せっかくの人生もう少し自分という幹を太くしておきたいものだと思います。

やっぱ、「芸術は爆発だ!」でしょ!

人生は芸術であり、芸術は人生である。と彼はよく言っていました。自分という作品を今この瞬間最大限に何事にも囚われずに表現したいものです。