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昨晩教育関係の方と話をする機会がありました。これは僕の主観なので必ずしも皆さんがそうでないという前提で捉えてくださいね。

教育現場の方々は箱庭生活感が強く、基本塀の中で1日を過ごして接する対象が生徒たちとその保護者を中心でありますよね。 なので、サファリパークの動物たちのように管理され安全を担保された中で役割を果たしているわけです。なので、本当の役割であったり自身の存在意義を忘れてしまっていてるように思います。一方社会で生きる我々は常にさまざまなリスクと背中合わせで生きているわけでその中で選択を強いられ最適な判断をして人生を謳歌しているわけですね。守ってくれるのは自らの判断でしかないわけです。そのような価値観の違いを前提に話をしていくのですがやはり核心部分になると明確で精度の高い議論にならずに丸投げか、主観で押し通しやり過ごすかという選択をされるわけで中々話の真意が伝わりにくい状態となるわけです。

個人の人としては素晴らしい人達なのに肩書きを背負った途端に肩書きに自らが乗っ取られているように見えます。もちろん職務上守らなければらならいことがあるのは承知です(我々だってそうです)ただ、僕が思うのは肩書き先行型人間よりも、個人先行型人間であるべきではないかと思います。

例えば、「社長の山田さん」よりも「山田さんは社長をしています」簡単にいうとこういうことではないでしょうか? 個人よりも肩書きが前に来てしかも大きくなるのはおかしな話だと思います。  

教育問題をどうにかするためにはあまりにも闇が深過ぎてどうにかなる問題ではないですね。皆が正しい判断で主張し続けることでやがてほんの僅かでも亀裂が入れば今は良しとしておきましょう。

教育現場に携わる方々に。
ものを預かる仕事ではないのです。子供は小さいからといって大人として管理しないでください。対等な人間としてしっかり目を見て向き合ってくださいね。彼らが次の時代の希望なわけですから。

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